虹の橋を渡る直前

 本日は以下の記事を読んで思ったことをつらつらと、しかしブログ書こうって思うと1行も捗らないけど、ふと見かけたツイッターに対してのコメント+日記形式だと無限に書けるね。びっくり!

 

 

 こないだイベントバーエデンに行ってきたのですが、まあ楽しい楽しい、着いたのはお昼ぐらいで黙々作業バーで単純に本読んで珈琲いただいてただけなんですが、自宅というより大学時代の友人宅のような居心地の良さ。あんまり気を使わず好き勝手にできるのが良いのかな。

 考えていくと、このあるレベルまでは気を使わなくていいってのは、結構重要だなあと、部屋の汚染度を巡って同居人と喧嘩になるたび思うわけです。人間というのは自発的な意思でない限りやる気も、力も出せないわけで。人のルールを押し付けられると疲れちゃう。えらてんさん周りでひとえに思うのは、他人に寛容だよなあということです。

 ご近所付き合いと、古き良き社会ってワードと共に、身近にもいるが故、超高齢化についても考えるわけです。隣に老人たくさん増えても許せるぐらいの寛容性ってもてるのかな?世代間での闘争って起きないのかな?すでに上級国民騒ぎで起きているのか・・・どうでもいいですが、ツイッターでの正義の棍棒騒ぎは毎度 火あぶりを楽しむ中世の臭いがしてゲンナリしますね。

 

 僕とて現役世代である以上、増え続ける社会保険料にはげんなりしているわけなんですが、一つ思うこととして、避けられない以上、まあ、身近な老人世代とは仲良くしておいた方がいいんでしょうね。そんなに悪くないと思いますよ、田舎だと野菜とかくれるし、金持ってるからご飯奢ってくれるし、適当に話聞き流すのもいいもんです。徘徊とか痴呆介護レベルは知らん。大変なんだろうなきっと。 

 最近はポルカとかアマギフでの贈与経済も徐々に回ってきてるので、上の世代からはこういうのが回ってくるとまだいいですね。年金等で保護されるなら、自分のことにお金使わず補助に回って欲しいというか。お金貯めるだけに飽き足らず、低賃金で若手と雇用奪い合い出すとかなると最悪ですもんね。豊かな将来は悲観してますが、最低限度で満足のいくレベルならそんなに難しくもないんじゃないかな。

終わる!!